「シークァーサー」2012年02月04日 (土)
ガイドの素顔が垣間見える(かもしれない)
しりとりリレーコラム「日々是好日」のコーナー。
開山中は不定期連載ですが、
今回から4月の開山までの間は、
メールマガジン「上高地節気」に併せて連載します。
リレーコラムなのに1人で連載するのはご愛嬌…。
どうぞしばらくお付き合いください。
前回は「寿司」でしたので、
今回のテーマは「し」から始まる言葉、というわけで…
「シークァーサー」
です。
全国的にどの程度の知名度なのかは分かりませんが…
沖縄の、酸っぱい柑橘です。
高校の修学旅行で沖縄に行き、
そこまで初めて名前を目にしました。
自動販売機か何かで売っていたジュースを
買って飲んだのだったと思うのですが。
味は全く覚えていませんが、
名前だけは強烈に頭に残りました。
地元以外の人と話すことも少ない高校生のこと、
普段使う言葉と語感が違う単語が
当たり前に使われていることに、
カルチャーショックというか、面白みを感じたんです。
思い返してみると、土地ごとに文化があるんだ、ということを
初めて実感したきっかけが、シークァーサーだった気がします。
「ヒラミレモン(平実檸檬)」という和名もあるらしく、
それはそれでわかりやすいのですが、
「シークァーサー」と呼ぶ方が、味があって好きです。
それに親しんできて、その名前で呼ぶ人たちがいて、
その文化もひっくるめての名前というか。
その名前を呼ぶことで、
違う文化に触れられる気がするというか。
上高地に生えているこれも、

エゾノコリンゴと呼ぶよりも、コナシと呼ぶ方が好きです。
まぁ…短くて呼びやすいというのも多分にありますが。
図鑑で調べたり、
正確な名前を伝えないといけない状況であれば
和名の方がいいのですけど、
そうでなければせっかく信州にいるんだから、
信州の言葉で呼びたいではないですか?
私さくらは東京の西部の出身なのですが、
どうも昔から方言に憧れがあります。
憧れというより、コンプレックスに近いかもしれません。
方言をしゃべれるというのが、
その土地に所属している証拠のような気がして。
標準語というと、あまりにも特徴がなくて
故郷がないような寂しさを感じるんです。
閑話休題。
さきほどの小梨の例もそうですが、
動植物にも、地域によって様々な異名が存在します。
よく言われることですが、生活に密着した身近なものほど、
地域ごとに多様な名前がつくようですね。
山菜やキノコなど、食用にしていたものは特にそうです。
地元の方に名前を教わると、
後で図鑑で調べようとするときに苦労したりします。
一方、インターネットやTV、図鑑の普及によって
全国的に使われている和名が広まり、
その陰で地域の方言名が消えている、という話も
耳にします。
カブトムシなんかの、子供に身近な虫では特に。
言葉は、歴史を背負った奥深いものですが、
使わなければ忘れられていってしまう、
脆いものでもあるんですよね。
消えてしまうのは、勿体ないと思います。
言葉が消えることで、一緒に忘れられてしまうことが
きっとたくさんあるのでしょう。
でも、嘆いてもどうにもならないことのような気もします。
どんなものにも、最初は名前なんかなかったわけで、
それを誰かが勝手に呼びはじめた。
そうやって、名前をつけて呼ぶことが、
その対象との関係を作ることでもあったと思うんです。
それなら、関係が変われば、名前も変わるのは
ある程度は仕方がないことかもしれません。
子供が自然の中で遊ぶことが減ったと言われて久しいですが、
そういうものの重要性も、ずいぶん認識されてきています。
そして、それができることのありがたさも。
名前も変わって、関係も変わるなら、
その新しい関係が、より良いものでありますように。
ネイチャーガイドや、私の冬の副業の自然体験事業が
その一助になればいいなと、思ったりもしています。
例によって、タイトルとはあまり関係ない内容になりましたが
冬季連載第一弾、「シークァーサー」でした。
次は…「ー」というわけにはいきませんので、
「サー」で始まる言葉がテーマです。
…難しいのを選んじゃったな…。
次回も私さくらが書きます、お楽しみに。
さくら
|2012年02月04日 22:58
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