小暑 会長に聞け!!~第1回 小梨平について聞け!!~2009年07月07日 (火)
我々、若輩のNPGは上高地に関わっても
一番長い花子でも5年目。
ハナタレ小僧な訳なのです。
そんなハナタレの我々のすぐ近くに
上高地に関わってウン十年・・・
上高地の生き字引のような方がいたのです。
五千尺ホテル会長・藤沢三千穂氏です!!(写真・右)
そこで大・大・大先輩である会長に上高地の
知られざる歴史を聞き、見聞を広めようというのが
この『会長に聞け!!」というコーナーの趣旨なのです。
NPG:小梨平の名前の由来が諸説あるらしいのですが・・・
会長の知っている小梨平の説を教えてください。
小梨平にはもともと小梨の木は少なかったんだけど、
明治期に上高地に入った開拓団が植えたものが多いんだよね。
上高地には実を食べる事のできる植物が少なかったから、
それ自体の実を食べたり、リンゴの接ぎ木を行うために植えたものなんだ。
だから、今見ることができる小梨の木はほとんど自然のものじゃないんだね。
(6月中旬に綺麗な小梨の花)
昭和二十五年から営林署担当者がカラマツの方が用材としていいと言って、
小梨を切ってカラマツを植えちゃったんだね。
いまでは小梨の木で植えたものは小梨平と徳沢と太兵平でしかないんだ。
太兵平に小梨の木を見ることができるのは、過去、ここに開拓団が住んでいたっていう名残だね。
NPG:昔の小梨平の様子ってどんなだったんでしょう?
小梨平では、昔は拓大だぁ、早稲田だぁ、明治だぁという感じでね。
いろんな大学の山岳部が来ていたね。
六月から九月頃までテント張っ通しで、ニワトリまで連れて来て飼っていたもんだ。
卵産ましてたんだね。最後は料って食べちゃうんだ(笑)
小梨平の中では清水川周辺が水場が近いっていうんで高級だったんだ。
(清水川沿いの道・一等地だったのか・・・・)
NPG:ビジターは昔からこの場所だったんですか?
ビジターセンターの辺りは昔は一号地と呼ばれててね。
山で収容された遺体を火葬していたが、
そのうちに、すこし奥へ行ったカラマツ林、霞沢と場所を変えていったんだな。
ちなみにウチの領地(五千尺あたり)ではやったことはないな。
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近所の小梨平にもこれだけの歴史が
あるんですねぇ。勉強になるなぁ。
しかし、昔の山岳部はすごかったんですね。
ニワトリまで飼っていたとは・・・驚きです。
さて、次回は上高地のシンボル”河童橋について聞け”です。
どんな話が飛び出すのやら。。。
お楽しみに!!
|2009年07月07日 08:01
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